大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)609号 判決

控訴人 堀内すて子

控訴人 堀内好雄

右法定代理人親権者母 堀内すて子

右訴訟代理人弁護士 秋山治士

被控訴人 佐々木善治郎

右訴訟代理人弁護士 中村健太郎

主文

控訴人堀内好雄の控訴を棄却する。

控訴人堀内すて子の本訴に関する控訴を棄却する。

反訴に関する原判決主文第二項を取消し、被控訴人の控訴人堀内すて子に対する反訴請求を棄却する。

控訴人堀内好雄の控訴費用は同控訴人の、控訴人堀内すて子の本訴控訴費用は同控訴人の負担とし、被控訴人の控訴人堀内すて子に対する反訴訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人等の本訴として、被控訴人は控訴人堀内すて子に対し金一、六一七、九九五円、控訴人堀内好雄に対し金一〇九、五〇〇円、及び各これに対する昭和三六年五月二五日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。被控訴人の控訴人すて子に対する反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、及び「右本訴請求につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は

被控訴代理人において、反訴請求の原因としては、控訴人すて子は、訴外亡安土義助の賃借していた本件焼失前の家屋については賃借権を有せず、右家屋とその敷地たる本件土地の不法占有者であつたところ、右家屋の本件火災による全焼後、本件土地上に擅に工作物を設置し、右土地を不法占有しているので、右工作物の収去と土地の明渡を求めるものであり、仮りに控訴人すて子が右焼失前の家屋につき賃借権を有していたとしても、右家屋の全焼により賃貸借契約は消滅したので、本件土地の不法占有者となつたものである、と述べ、立証≪以下省略≫

理由

当裁判所は、控訴人等の本訴請求(被控訴人の使用人高岡の不法行為を原因とする損害賠償請求)はその理由がないと考えるものであつて、その理由は原判決理由説示中本訴に関する部分と同一であり、≪証拠省略≫によつても右原審の認定、判断を左右するに足りないから、右原判決理由をここに引用する。

次に、被控訴人の控訴人堀内すて子に対する反訴請求について審案する。

被控訴人の主張は要するに、控訴人すて子が本件土地及びその地上の本件火災による焼失前の家屋(被控訴人所有のもの)につき、火災前より賃借権に基く使用収益権を有しないか、又は右家屋の焼失によりこれを喪失したことにより、右家屋滅失後は本件土地の不法占有者であつたところ、右土地上に無断で本件工作物を建設所有して、右土地を不法占有するに至つたというに在つて、控訴人すて子は右家屋の全焼、滅失を争い、従つて本件土地上に被控訴人所有家屋の存在を主張するので、本件火災以前において控訴人すて子が右家屋の賃借権(従つて又その敷地の使用権)を有していたか否かの点はしばらくこれを問わず、右火災によつて被控訴人所有家屋が全焼、滅失し、現存地上物件(その存在は当事者間に争がない)は控訴人すて子が新たに建設所有するものであるか否かの点につき検討する。

右火災前の被控訴人所有家屋(大阪市東住吉区大塚町七二番地の一地上、木造二階建居宅四戸建一棟の内、西より二戸分が被控訴人の所有であり、そのうち西より二軒目一戸がこれに該当する)が、昭和三六年三月二二日夜、西隣家に居た訴外高岡鍼治郎の失火により延焼し、その相当部分(その程度はしばらく措く)を焼失したこと、控訴人すて子が右家屋の焼残り部分(それが家屋としての存在を保つか否かはしばらく措く)に屋根等を補修し、これを使用居住していることは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によると、右家屋は間口二間、奥行五間、二階は六帖、三帖、四帖半(後に約八帖敷に改める)の三室、階下は二帖、二帖、四帖半、三帖(後に約六帖敷に改める)の四室を有するものであつたことが認められるところ、≪証拠省略≫を綜合すると、右家屋は前記火災により二階部分は全焼したが、階下は殆ど全部焼残つたことが認められる。即ち詳述すれば、二階部分については最も被害の多かつた西側部分でも外壁面及び外側柱の大部分は焼け焦げた侭で残り、床板も焼けずに残つていたが、表庇の部分が焼け落ち、棟木も約半分焼け落ち、残部も廃物となり、タルキ等の構造材も大部分焼けて用を為さぬ上に、屋根の板、瓦が焼け落ちたため、二階残存部分のみでは単なる補修によつては建物としての効用を保ち得ないので、後の補修にあたり二階部分は全部取除いたが、階下部分については、西側外壁面及び外側柱はいずれも表面は焼け焦げたが南端の一部分を除く外は尚残存し、北側(表)は柱表面が焼けたのみで、その他の南側、東側ともさしたる被害はなく、天井も焼けずに残り、もし二階床板に代えて屋根を設け、(屋根のみの一時的除去、喪失は、建物としての存在を失わせないことは勿論である)西側表面を補強、補修すれば、そのまま平屋建家屋として使用し得る状態であつたので、控訴人すて子において右階下部分にトタン葺屋根、西側外壁に沿うて若干の柱を補強し、西北側の表面をトタン板にて覆い、家屋としての体裁を整え、内部の間取りを多少改造したままで使用していることが認められる。以上焼燬部分の点について、右認定を覆すに足る証拠はなく、右事実によれば右家屋の階下部分は焼失せず、補修によつて、旧状の約半分即ち二階建家屋より平家建家屋へ縮少せられた状態において、なお家屋(その経済的価値は激減したけれども)として在来のものと同一性を保つているものと解すべきであつて、かような意味において、右家屋は全焼、滅失したものとは認めることができない。尤も≪証拠省略≫によると、東住吉消防署長の火災報告書、意見書、実況見分書等には、右家屋を全焼したものとして記載し、証人高橋源治郎は、大阪市消防局の火災損害調査規定によれば、建物の七〇パーセント以上の焼失又はそれ未満の焼失でも補修による使用の不能なものは全焼として判定する取扱であり、右家屋についても右基準によつて全焼と判定した旨を証言し、原審の調査嘱託の結果大阪市消防局長より送付せられた火災損害調査規程には、その第一八条として、右証言と同旨の焼失程度分類についての基準が設けられていることを認めることができるが、前掲≪証拠省略≫の記載は火元家屋でなく類焼家屋についての調査であつて必ずしもその精密性を保し難いものと認められる上に、右消防官署の判定基準は、「火災及び消火によつて生じた損害並びに損害保険利用の状況」の調査のためのものであつて、主として経済的見地から見た被害の有無と程度の判断を主眼とするものと考えられ、火災による家屋の法律上の存在の認定基準とは自らその目的を異にし、従つて、その基準の内容も異なり得るものであるから、前掲各証拠は、必ずしもそのまま、本件における火災後の家屋の法律上の存在ないし火災前後によるそれの同一性の有無の判断資料として拘束力を有するものではなく、右基準と判定によつては直ちに前段認定を覆すことはできない。また被控訴人本人尋問の結果中、右認定に牴触する部分も採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

そうすると、本件火災により被控訴人所有家屋が全部滅失し、控訴人すて子が同人所有の工作物を設置して本件土地を占有していることを理由とする被控訴人の反訴請求は、その前提たる旧家屋の滅失が認められず、現存家屋は従来の被控訴人所有物と同一のものと認められる以上は、その理由のないこと明白であるから、その余の争点につき判断するまでもなく、右請求は棄却を免れない。

よつて、本訴についての控訴人等の控訴は理由のないものとして棄却し、反訴についての控訴人すて子の控訴により、反訴請求を認容した原判決部分を取消し、その請求を棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条第九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 岡垣久晃 判事 宮川種一郎 奥村正策)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例